今回は、私が当たり前のことにここ数年でやっと気づいたお話をしていきます。今となっては当たり前なんですが、私にとっては人生がひっくり返るような気づきでした。
将来の為に生きてきた
突然ですが、あなたに夢はありますか?
夢というと大げさで、「夢というほどではないんですけど・・・」と前置きをされる方がたくさんいらっしゃいます。私はどんなに小さくても夢は夢だと思っています。「夢」という言葉が障壁になるのであれば、「やりたいこと」と平たい言葉にしてもいいんじゃないかなと思います。
私は夢がなく生きてきました。今では「居場所のない動物たちが快適に幸せに暮らせる場所を作って、少しでも多くの命を受け入れる」という夢がありますが、これを自覚できたのはここ1~2年の話です。
幼少期から周りの期待に応えるためだけに生きてきたので、自分がやりたいことに目が向かなかったんです。素敵な将来を迎えるために今を犠牲にして生きる。そんな生き方をしていました。でも「将来」は常に先にあります。将来を追いかければ、将来はその分進む。仮に5年後を将来と呼ぶならば、5年後も将来はさらに5年後にあります。当たり前なんですけど。
それに気づかず「将来のために」と生きてきました。「将来」という言葉をつかえば、そんな行動はおかしいと思えますが、気づかずこの行動をしている人は多いかもしれません。
「いい学校に入るために」
「立派な大人になるために」
「いい会社に入るために」
「お金に困らないようにするために」
「いい老後を迎えるために」
そんな言葉にすれば、よく聞く言葉が混ざる方もいらっしゃいませんか?
私の母は、常にこんな言葉を言っていました。ちなみに上記の言葉達の後ろには、「今頑張りなさい」「今耐えなさい」「今我慢しなさい」というニュアンスの言葉が隠れています。そして母は、その「将来」に追いつくことなく亡くなりました。
時間の軸は「未来」ではなく「今」
これは、行動の基準が「未来」にあることが原因だと思います。未来を快適にすることが目的なので、当然今が犠牲になります。未来のために今が存在するという考え方です。
戦後を乗り越えてきた世代には多い考え方かもしれません。私は、母が特別おかしな考え方をしていたとは思いません。昭和は戦後復興の時代。その中を生きるには、「今我慢すれば、きっと未来は明るい」と信じないとやってられなかったのだと推察されます。
それを忠実すぎるほど真に受けて生きてきたのが私です。うつ病になって人生を見つめなおすまで、「自分がやりたいから」ということだけでは行動の理由にはならないと思っていました。
「姿勢がよくなって礼儀が身につくから、剣道をする」
「将来役立つ知識が身につくから、本を読む」
「物事を客観的に見る視点が身につくから、シミュレーションゲームをする」
「手先が器用になるから、プラモデルをつくる」
こんな感じです。本人はやりたいことをやっているつもりなのですが、「やりたい」に追加で「役立つ理由」がないとやってはいけないと思っていたんですね。
私が小学生の時に初めて読んだ漫画の単行本は、横山光輝の三国志でした。漫画を読んでみたいという気持ちと、三国志という歴史を知ることができるという理由が揃っていたからです。週刊少年ジャンプやコロコロコミックなど、同級生に人気だった週刊誌は読んだことがありません。変わりに小学館が出していた「小学○年生」という月刊誌を買ってもらって読んでいました。勉強になるという理由です。
「やりたい」は立派な理由
私が「自分がやりたいから」というだけでもやっていいんだと気づいたのは、妻のおかげです。
うつ病と診断される数カ月前、気力はすでに限界でした。そんな時に、妻にゲーム機のswitchを買うことを勧められたんです。妻はswitchLiteを持っていたのですが、私は学生時代のプレステ2以降ゲームにはほぼ触れていません。そのプレステ2も先輩が結婚して家に2台になったから、1台あげると言われてもらったものです。
ゲームは好きでした。でも社会人になってからは「自分がやりたい」以外の理由が見つからず、ごく稀にやる程度。
switchの購入を勧められ「やりたいけど、でも・・・」と口ごもる私に「やりたいならやったらいい。買おう。」と妻。
私「やりたいだけだから、わざわざ買わなくても。」
妻「やりたいんだったら買えばいい。やりたいは、立派な理由だよ。自分が求めている証拠だから。」
私「え?やりたいだけだよ。他に理由ないし。」
妻「なんで?他に理由いる?」
私「・・・やりたいって理由になるの?」
妻「当然。」
私の中でなにかが弾けました。それから1年くらいは、「やりたいってだけで理由になるのか」という質問を事あるごとに妻に繰り返した記憶があります。その度に妻は肯定してくれました。
それからはswitchも買い、学生時代からずっと気になっていたベースも始めました。ゲーミングPCも買いましたし、you tubeもやってみました。このサイトも私の「やりたい」です。「やりたい」以外の理由はありません。でもそのひとつひとつが、私の今を彩っています。
未来の役に立つのかどうかなんてわかりません。ただ、今の自分の為の時間を積み重ねていくことで未来が作られていくのだという確信はあります。
今の「やりたい」を大切にするようになった結果、将来の夢を見つけることができたのはなんとも逆説的だなと思います。
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