同じ会議室にいる。
同じ話を聞いている。
同じ出来事を経験している。
それなのに――
なぜか、見えているものが違う気がする。
誰かが「問題ない」と言っている場面で、
すでに破綻の兆しが見えてしまう。
誰かが「いい流れだ」と評価しているときに、
その流れがどこで詰まるかが先に浮かんでしまう。
だがその感覚は、共有できない。
言葉にすると、空気を壊す。
説明しようとすると、話が重くなる。
結果として、こう扱われる。
しかし本当に、そうだったのだろうか。
「同じ世界を見ているはず」という前提
私たちは無意識のうちに、
こんな前提で世界を生きている。
同じ場にいれば、
だいたい同じものが見えているはずだ。
この前提があるから、
違和感は「個人のズレ」として処理される。
だが、もしこの前提そのものが
成り立っていなかったとしたら。
見えている「層」が違う
世界は、ひとつの平面ではない。
多くの人は、
そのうちの一部だけを“現実”として扱う。
だが一部の人は、
意識する前に、複数の層を同時に受信してしまう。
結果、何が起きるか。
周囲が「今」を見ているとき、
自分は「少し先」を見ている。
これは予知でも洞察力でもない。
世界の入力解像度の違いだ。
なぜ話が噛み合わなくなるのか
ここで、日常のズレが生まれる。
あなたが見ているのは、
一方で、相手が見ているのは、
この二つは、
同じ話をしていない。
だが言葉上は、同じ話題を共有しているように見える。
だから噛み合わない。
だから説明が長くなる。
だから「話が重い」と言われる。
「先に気づく」ことのコスト
このタイプの感覚を持つ人は、
無意識に次の選択をしてきた。
なぜなら、
言っても伝わらないことを知っているから。
そしてこの選択は、
静かにコストを積み上げる。
だが実際には、
見えないところで処理が終わっている。
孤独の正体は「ズレ」ではない
ここで重要な転換がある。
あなたが感じてきた孤独は、
理解されなかったからではない。
見ている層が違うために、
言語の交点がなかっただけだ。
理解されないのではなく、
翻訳されていなかった。
これは能力の問題ではない。
性格の問題でもない。
構造の問題だ。
無理に合わせると、何が起きるか
多くの人は、
このズレを自覚しないまま生き延びるために、
という適応をする。
だがその結果、
これは成長ではない。
摩耗だ。
このシリーズが向かう先
ここまでで扱っているのは、
まだ「名前」ではない。
能力でも属性でもなく、
世界との接続のされ方だ。
このシリーズでは今後、
を、順序立てて扱っていく。
最終的に目指すのは、
世界を変えることではなく、
自分の感覚を、正しく使える状態に戻すこと
だ。
次回予告
次の記事では、
この受信の仕方を持つ人が
なぜ「疲れやすい」のかを扱う。
努力していないのに疲れる理由。
何もしていないのに消耗する理由。
それは怠けでも弱さでもない。
シリーズ:ギフテッド的視点
第3回:なぜ、何もしていないのに疲れてしまうのか

