※本記事は
「整合性と行動の内部構造 — Human Insight Series」行動外在化フェーズの一編です。基礎概念は Thought Design 側の「参照枠の常在化」「評価基準の沈降」シリーズと接続しています。
新しい行動を始めたつもりはない。
価値観を言語化した覚えもない。
ただ、あとから振り返ったとき、
そんな自分に気づく。
本稿で扱うのは、
「行動の意味づけが起きないまま、行動だけが定着していく」
——その静かなフェーズです。
意味は行動を導かない
——行動のあとに、意味が「残る」だけ
行動外在化フェーズの後半では、
が、ほとんど発生しません。
なぜなら、
行動はすでに
配置と接触条件によって自動的に選択されているからです。
ここで起きているのは、
- 行動 → 意味
ではなく - 行動 → 反復 → 残留感覚
という順序。
意味は
行動を動かすために使われない。
ただ、
あとから「そういう自分が残った」と
沈殿物のように回収されるだけです。
ズレは消えない
——ただ「微細化」していく
再安定化のあとも、
行動と環境のズレは完全には消えません。
ただし、
としては、もう現れない。
代わりにズレは、
といった、微細な調整運動として現れます。
重要なのは、
この段階ではズレが
配置の一部として許容されているという点です。
行動は「選択肢」から外れる
——自然化とは、比較不能になること
行動外在化フェーズの終盤では、
といった運動そのものが弱まります。
それは、
「これでいいと決めた」からではなく、
他の配置が、もう参照されなくなるから。
このとき行動は、
と評価されているわけではありません。
ただ、
「それ以外として考えられない」
——という状態に入る。
これが Human Insight における
自然化です。
本稿の結語
——行動は語られず、生活に溶ける
行動外在化フェーズの終点では、
それでも行動は続く。
それは、
ただ、
配置と現実が噛み合った結果として残った運動です。
ここで Human Insight の観測は一度、閉じます。
なぜなら、
行動はもう
「人の内側の問題」ではなくなったから。
▼ 次稿予告
行動が自然化したあと、
人はそれをどう語り直すのか。
次稿では、
- 事後的な自己物語
- アイデンティティ化
- 「そういう人」という固定化
を、
理解ではなく〈再解釈の構造〉として描写していきます。

