意味が現実に触れなくなっても、
人はすぐにそれを「異常」だとは認識しません。
むしろ多くの場合、
何も起きていないように見える時間が続きます。
行動は減る。
選択は狭まる。
けれど、内側ではまだ「理解している感覚」だけが残っている。
この状態が、
自己固定化フェーズです。
固定されるのは「答え」ではなく「前提」
このフェーズで起きているのは、
新しい答えを信じ込むことではありません。
固定されるのは、もっと手前にあるものです。
つまり、
意味そのものではなく、意味を更新しない前提が固定されます。
ここで重要なのは、
本人の感覚としては「納得している」「落ち着いている」点です。
葛藤は少ない。
迷いも表に出ない。
だからこそ、停滞が自覚されにくい。
行動が止まっても、理解は止まったように見えない
自己固定化フェーズでは、
行動だけが止まり、思考は止まったように見えません。
この「分かっている感覚」が、
固定化をさらに強めます。
しかし実際には、
理解は更新されていない状態で保存されているだけです。
新しい現実との接触がないため、
意味は循環せず、内部で再生され続けます。
それは前進ではなく、
同じ場所での再生です。
固定化は、防衛として成立している
ここで誤解しやすい点があります。
自己固定化は、
怠慢でも、逃避でもありません。
むしろ多くの場合、
これは極めて合理的な防衛反応です。
この選択は、
短期的には確かに自分を守ります。
だからこそ、
外から見るほど「問題」には見えない。
循環が止まる本当の理由
循環が止まるのは、
意味が弱いからでも、意志が足りないからでもありません。
意味が、もう現実に触れる設計になっていないだけです。
この組み合わせが揃うと、
意味は安定し、同時に動かなくなります。
静かで、整っていて、
でも、前には進まない状態。
それが自己固定化フェーズです。
次のフェーズへの予告
この状態は、
無理に壊す必要はありません。
むしろ、
壊そうとすると、さらに固定されることもあります。
次稿では、
この固定化がどのようにして「正しさ」や「自己像」と結びつき、
循環不能な自己像へ移行していくのかを扱います。
次稿:
自己像硬直フェーズ――「私はこういう人間だ」という完成
ここから先は、
より静かに、しかし確実に、循環が閉じていく領域です。

